【Column】「写ルンです」で父が遺した最後の写真たち(思い出を、カタチに)

父が亡くなって早いもので2ヶ月が経ちました。すごく昔のことに思えちゃうような、あまり実感もないよね。仕事をしていると気が紛れると、母もパートの仕事を再開し少しづつ生活が戻ってきました。当初はかなり憔悴してたけど、なんとか。40年以上一緒にいたわけで、喪失感は計り得ない。母も僕と妹に「私が死んだら、必要なものはここに…」など言い始めた。歩き始めたつもりで実感もないまま、人生とは生きるとは何だろうかと考えてしまう。しかし正月実家に帰った時、父がいないことが寂しいと思った。

そんな父が亡くなるちょっと前に27枚撮の「写ルンです」を3個渡した。フジフィルムの袋は「思い出を、カタチに。」と書かれているように。何か残して欲しいという気持ちと、少しでも日々の糧になればと思って渡してはみが、実際に父が撮った写真は17枚だった。


昔からテレビや映画やアニメを観るのが好きで、レンタルビデオなどよく借りて観ていた、病気になってからはiPadでアマゾンやNetflixで四六時中観れたので、そういう動画配信サービスは確実に生きる糧になっていたと思う。iPadがネットに繋がらなくなったと連絡してきて、調べたら通信制限をくらっていることがよくあった。スポーツ観戦も好きで僕と妹のバスケの試合や、姪っ子達のやっているバレーボールの試合も体が動ける時は行っていた、このユニフォームを着た父の写真も夏くらいにLINEで送られてきた。

中学校の時の部活のユニフォーム(妹、自分)
亡くなる1週間前
最後のカレー、完食したらしい。

ワンピースが好きで「光月おでん」のかぶり物を紙で作ってLINEで送ってきたこともあったが、家の人誰も観たことなかったから頭がおかしくなったのかと思った。調べても全然似てなかった。最後にちゃんと話した時「鬼滅の刃」の続きはどこで観れるのか聞かれて映画館と言ったら「そっか、残念だなぁ」と言っていて何とも歯痒い。「呪術廻戦」とかめっちゃ好きそうだなと思う。新しいモノにも割と敏感なところはすごい。

割とカメラが届いた日

最後の方は座ってる時間が長かったから食事の写真が多い。母はこの家で一人なので姪っ子なんかがよく泊まりに来てくれていて安心している。

このラーメンの器は小学校の時からある
ステーキと刺身?
何でしょう?
メダカかな?生き物が好きでした。
妹と祖母。
近いね

最後に会ったのは亡くなる数日前でモルヒネでぼーっとしているようで辛そうだった。癌が発覚して治らないとわかってから、どこかで奇跡のようなものが起きないかと思っていたが、ちょうど3年も生きれたことが奇跡だったのかもしれない。


スズキロク(字獄の鈴木録)
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