【Column】先祖巡礼の記録 PART1|三郷市の谷口付近の写真


不定期ですが先祖巡礼という先祖をさかのぼるポッドキャストをやっています。こちらでは歴史をさかのぼるにあたって使用した資料や写真などを載せいきますので、なんとな〜く想像の足しにしていただけたら幸いです。各種プラットフォームでお聴きください(以下はAnchor)

今回はルーツがあった三郷市の谷口周辺(当時の北葛飾郡彦成村谷口)を訪れたときの写真です。ちなみに谷口=ヤグチというらしいです。番組でタニグチと言い間違えています…。ポッドキャストでは幕末の200年前の戸籍の人物までさかのぼれました。僕の5代前の祖父で来孫にあたります。そこに記載があった住所を資料などから現在の住所に置き換えてたどり着いたのが埼玉県三郷市谷口でした。

二郷半領用水路
谷口橋から

戸籍上、現在に至るまで200年同じ場所に先祖の土地があったということがわかりました。以下は約120年前の明治時代の地図です。地図を見てもわかるように中川と江戸川に挟まれているため水害の被害が酷かったようです。そのため二郷半領用水というものを活用していました。二郷半領用水は江戸初期の寛永時代からあったようなので、この辺一帯の地形はそんなに変わっていないのでは無いかと予想されます。

明治時代の地図
現在の地図

古い住居もかなり多く見られます。祖父や会ったことのない先祖の方々もこの辺りの景色を眺めていたのでしょうか。実際に行ってみると中川が近くにあり、川の氾濫は恐ろしいものだと思いました。文政時代以前の先祖の足跡をさかのぼる糸口が掴めたので続きは後日ポッドキャストで。

瓦屋根

ちなみに叔父さんが三郷に住んでいて、この道路の建設で立ち退きになったのを思い出しました。一度だけ行ったことがあってこの光景をすごく覚えています。開通したのが平成4年(1992年)なので、それよりちょっと前、10歳くらいの鈴木少年が見た光景。

東京外環自動車道

スズキロク(字獄の鈴木録)
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