【Column】#018「僕と12月31日」 – 白と水色のカーネーション

“12月31日”

今年もいつものようにメールをした。
「えっちゃん誕生日おめでとう」

この日は1年の中でいくつかある、大切な日の1つだ。

「いつもありがとう、りょうたくんにとっても素敵な1年になりますように」

このやりとりが一体いつまで続くのか、それはわからない。
もし僕が死んでしまっても、この日が特別な日であるということだけは変わらないだろう。

20年前僕は初めて恋をした。
中学3年の夏のことだった。

その子の誕生日が12月31日、
年に1度だけその子にお祝いのメールをすると決めた日だ。

バスケ部は最後の夏の大会で敗北すると“引退”言われ、
その後は各自進学へと向かっていった。
幸か不幸か僕は受験などに巻き込まれることもなく、
ほぼバスケットボールをするための進学を選び、
進路的には早々にゴールをした。

そんな夏から卒業までの数ヶ月、
今思い起こせば“初恋”と呼べるものはその人以外見つからない。

中学3年、クラスで隣の席になったのは、
幼稚園の時から知っている「えっちゃん」だった。
いや、知っているのは僕だけで、えっちゃんはきっと忘れてる。
だからこそ、ここは知らない間柄の二人でいるべきと、
そんな接し方をしていた。

えっちゃんはそれまで見た女性の中で一番キレイだった。
男子はいつもえっちゃんの視線を気にしてカッコつけたりした。

ある日の放課後、
黙々と掃除当番の仕事をしているとえっちゃんが
「幼稚園の時バレンタインあげたの覚えてる?」
突然の出来事に「うん!覚えてる!」と即答してしまった。

二人だけしか知らないことを共有してるみたいで嬉しかった。

その日から特に約束もせず一緒に帰るようになった。
僕がえっちゃんを家の前まで送る15分くらいの帰り道。
何を話したかはほとんど覚えてないけど、
夜には明日は何を話そうか考えてから眠った。

数ヶ月後えっちゃんの高校が決まる。
えっちゃんは私立の共学へ行く。
だから誰かと恋をしたり、きっとあるんだろうなって、やりきれない気持ちになった。

僕らはずっと平行線をたどったまま、卒業式の前の日を迎える。
いつものように家まで送り届けると「明日で卒業だから今日で最後だね」えっちゃんが言った。
僕はなぜか「うん、ありがとう」って言った。それがあの時の精一杯の言葉だった気がする。

振り返るとえっちゃんはいなかった。
それから僕らが再び出会うことはなかった。

えっちゃんだけが切り取られた風景を未だに強烈に覚えている。

あの日から5年、10年、20年経った、2015年12月31日。
街はとても静かでどこか物悲しい。
誰からも連絡がこないのはこの日くらいだと思う。
僕は今年もえっちゃんにメールをした。


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